
選挙で示された民意はどこまで国会運営に反映されるべきなのか。
衆院選の結果を受けて与野党が委員長ポストの配分をめぐり協議を続けている。
自民党を中心とする与党は計352議席を獲得し
絶対安定多数の261議席を大きく上回った。
この圧倒的な勝利を背景に当初は17の常任委員長をはじめ特別委員長、審査会長の全27ポストを与党で独占する方針を表明していた。
ところが13日の協議では一転、懲罰委員長と消費者問題特別委員長の2ポストを野党に譲渡すると提案。
中革連は「慣例にのっとり常任委員長をもう一つ増やすべき」と要求し協議は継続となっている。
選挙結果と国会ポストの関係
わたしが注目したいのは、そもそも「慣例」とは何かという点である。
2009年、旧民主党が307議席を獲得して政権交代を果たしたとき、全ての委員長ポストを独占した。
これは歴史的事実として記録されている。
当時、野党だった自民党がポスト配分を要求したという話は聞かない。
圧勝した側が主導権を握る、それが過去の「慣例」だったはずだ。
今回の与党獲得議席は352。
旧民主党政権時代の307議席を大きく上回っている。
数の論理で言えば、全ポスト独占は決して不当な要求ではない。
にもかかわらず、自民党は2ポストの譲渡を提案した。
これを「余裕の演出」と見る向きもあるだろう。
たしかに、提示されたのは懲罰委員長と消費者問題特別委員長。
予算委員会や外交防衛委員会といった国政の中枢を担う委員会ではない。
象徴的な譲歩と言えなくもない。
しかし、わたしはこの提案に一定の評価を与えたい。
勝者がすべてを取るのではなく、敗者にも一定の役割を残す。
それが成熟した民主主義の姿ではないだろうか。
野党に問われる「謙虚さ」
一方で、中道改革連合の対応には疑問を感じる部分もある。
「常任委員長をもう一つ増やせ」という要求。
これは果たして妥当なのだろうか。
2024年の衆院選では、自民党が少数与党に転落し、野党に12ものポストが配分された。
あれは与党が過半数を割ったからこそ実現した、例外的な状況である。
今回は状況がまったく異なる。
選挙で大敗を喫した直後に、ポストの上積みを要求する。
その姿勢を有権者はどう見るだろうか。
「議席に見合わない要求」「負けたのに図々しい」という声が上がるのは、ある意味で自然な反応だ。
もちろん、野党の存在意義は数だけで測れるものではない。
少数であっても、政権を監視し、問題点を指摘する役割は極めて重要である。
ただ、その役割を果たすためには、まず国民からの信頼が必要なのだ。
選挙結果を謙虚に受け止め、与えられたポストで実績を積み上げる。
その姿勢こそが、次の選挙での躍進につながるのではないか。
興味深いのは、自民党から比例のおこぼれ議席を6つも獲得している政党が、声高にポスト増を求めているという構図だ。
ネット上では「そもそも言える立場なのか」という冷ややかな声も少なくない。
民意を国会に反映するとは
選挙とは、国民が政治家に権力を委託する行為である。
今回の衆院選で、国民は与党に絶対安定多数をはるかに超える議席を与えた。
この結果には、政策への支持だけでなく、安定した国会運営への期待も含まれているはずだ。
委員長ポストの配分は、単なる数合わせではない。
国会の議論をどう運営するか、その方向性を決める重要な人事である。
民意を受けた与党が主導権を握ることは、むしろ当然のことだろう。
同時に、わたしは野党の役割を軽視しているわけではない。政権与党の暴走を止め、多様な意見を国会に届ける。
それは民主主義にとって不可欠な機能である。
ただし、その機能はポストの数で担保されるものではない。
質の高い議論、鋭い追及、建設的な対案。
それらを積み重ねることでしか、野党は存在感を示せないのである。
最終的に問われるのは、与党が寛容さを持てるかどうか。
そして野党が、数ではなく質で勝負できるかどうか。国会の成熟度が試されている、その一言に尽きる。
有権者の一人として協議の行方を注視していきたい。




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