
静かな観光地が戻ってきた。
そう安堵している日本人は少なくないはずだ。
3月6日の衆院予算委員会で、中道改革連合の中川宏昌氏が中国人観光客の減少を「深刻な数字だ」と訴えた。
観光庁の答弁によれば、昨年12月は前年比約45%減、今年1月は約61%減。たしかに数字だけ見れば大きな変動である。
しかし、ちょっと待ってほしい。
この減少を「深刻」と捉える感覚、一般の日本国民とあまりにもかけ離れてはいないだろうか。
わたしの周りでは「ようやく落ち着いた」「観光地に行きやすくなった」という声のほうが圧倒的に多い。
京都や鎌倉、浅草といった人気スポットで、マナーの問題やオーバーツーリズムに悩まされてきた地元住民の安堵感。
それは紛れもない現実だ。
金子恭之国土交通相は「欧米やオーストラリア、アジア各国からの訪日客が増え、中国客の減少を補うところまできている」と答弁した。
インバウンド全体としては好調で多様化も進んでいるという。
至極まっとうな認識だろう。
「深刻」なのは誰にとっての話なのか
中川氏は高市早苗首相の台湾有事に関する発言が中国政府の渡航自粛要請を招いたと示唆している。そのうえで「政治的課題として放置してはいけない」と主張した。
ここに強い違和感を覚える。
台湾有事への備えを語ることは、日本の安全保障において極めて重要な議論だ。中国の顔色をうかがって首相が発言を控えるべきだとでも言いたいのだろうか。そもそも、中国政府が自国民に渡航自粛を呼びかけたのは、中国側の政治判断である。それを日本の「政治的課題」として扱い、改善を求める姿勢には首をかしげざるを得ない。
中川氏は公明党出身の議員だ。かつて尖閣問題で日中関係が冷え込んだ際、公明党の太田昭宏国交相が日中観光担当閣僚の会合実現に尽力したエピソードを誇らしげに紹介していた。
なるほど、その文脈は理解できる。
だが、今回の状況は根本的に異なる。中国政府は日本の首相発言に「反発」して渡航自粛を呼びかけた。
つまり、日本に圧力をかけているわけだ。
この圧力に屈して「対話を」「環境整備を」と政府に迫ることは結果として中国の外交カードを有効にしてしまう。
国民の暮らしより数字を優先する姿勢への疑問
2030年に訪日客6000万人、消費額15兆円という政府目標。中川氏はこの達成が困難になると危機感を募らせていた。
数字の目標、たしかに大切かもしれない。
しかし、その数字のために国民の日常が犠牲になっていいはずがない。観光地周辺に住む人々の生活、混雑で疲弊する交通機関、ゴミや騒音の問題。
インバウンドの恩恵を受ける業界がある一方で、負担を強いられてきた人々も大勢いる。
中国人観光客が減って「困っている」という声を、わたしはあまり聞かない。
むしろ「静かになってよかった」という実感のほうが広がっている。これは差別でも排外主義でもない。
生活者としての素朴な感覚だ。
国会という場で「中国人観光客を呼び戻せ」と政府に詰め寄る姿。その光景を見てふと思う。
この議員は一体どこを向いて政治をしているのだろう。
日本国民の声に耳を傾けているのだろうか。それとも別のどこかを見ているのか。
政府の答弁は冷静だった。中国以外からの観光客でカバーできているインバウンドの多様化が進んでいる。
これこそが健全な方向性ではないか。特定の国に依存しない観光戦略。地政学リスクを考えれば、むしろ歓迎すべき変化だ。
中川氏は「民間交流の基盤である観光の重要性は増してくる」と述べた。もっともらしく聞こえる。だが、民間交流の名のもとに、日本の主権的な発言を萎縮させるような方向に誘導されては困る。
わたしたち日本国民は、中国との対立を望んでいるわけではない。平和的な関係は大切だ。
それは日本が毅然とした姿勢を保ちながら築くべきもの。観光客の数字を人質に取られるような外交関係などまっぴらごめんだ。
国会議員にはまず自国民の声を聞いてほしい。
観光業界の利益も大事だろうが国民生活の質を下げてまで追求すべきものなのか。
立ち止まって考えてもらいたい。
高市首相の発言を「問題だ」と言わんばかりの質問姿勢。そこにこそ深刻な問題があるように思えてならない。
日本の国益と国民の暮らし。それを最優先に考える政治家が今の日本には必要だ。




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