
まさか五輪の話題で「コンドーム」がトレンド入りする日が来るとは誰が予想した?
ミラノ・コルティナ五輪の選手村で、無料配布されていたコンドーム約1万個が大会半ばで底をついたというのだ。
IOCが公式に発表したのだから、これはもう立派な五輪ニュースである。
そのお土産 いったい誰に渡すつもりなのか
マダガスカル代表のクレルク選手は「お土産で持って帰る人が多いのでは」と語った。
なるほど、五輪記念のコンドームか。確かにレアアイテムではある。
しかし、ちょっと待ってほしい。
帰国後、家族に「お土産だよ」とコンドームを差し出す光景を想像してみてほしい。
お母さんの顔が一瞬で凍りつく様子が目に浮かぶ。「あなた、選手村で何してきたの」という無言の圧力。居間の空気が一気に重くなる。
友人に渡すのも難しい。「五輪のお土産、これ」と言われてコンドームを受け取った側の気持ちを考えてみよう。「いや、普通にキーホルダーとかマグネットとかあっただろ」というツッコミが止まらないはずだ。
恋人に渡すパターンはどうか。ロマンチックな雰囲気で「五輪で思い出の品をもらってきたよ」と言いながらコンドームを取り出す。相手は喜ぶべきなのか、複雑な表情をすべきなのか、判断に困ること間違いなしである。
職場へのお土産にする猛者がいたら、もはや伝説だ。
「選手村で配ってたんですよ」と言いながら配り歩く姿は、ある意味でオリンピック精神の極致かもしれない。
一流アスリートの闘争本能と謎の相関関係
ここでふと考えてしまう。世界最高峰のアスリートが集う選手村で、なぜコンドームが秒で消えるのか。
一流の競技者は、試合に向けて闘争本能を極限まで高めていく。その闘争本能と、いわゆる本能的な欲求というのは、どこかでリンクしているのだろうか。「勝ちたい」という気持ちと「モテたい」という気持ち、根源は同じなのかもしれない。
考えてみれば、選手村には世界各国から鍛え上げられた肉体を持つ若者たちが集結している。緊張と興奮が入り混じる独特の空気感。試合前のアドレナリン。そして試合後の解放感。なんというか、条件が揃いすぎているのだ。
2024年パリ五輪では約30万枚が配布されたという。1万500人の選手に対して30万枚。単純計算で一人あたり約28枚。どう考えてもお土産だけでは説明がつかない数字である。
北京五輪でも会場ごとに大量のコンドームが一日で消えたとクレルク選手は証言している。
これはもう、五輪における伝統行事といってもいいのではないか。
わたしは思うのだ。彼らは極限状態で戦う戦士たち。勝利への渇望を燃やし、敗北の悔しさに涙する。その感情の振れ幅が大きければ大きいほど、何かで発散したくなるのは人間として自然なことなのかもしれない。
もちろん、本当にお土産として持ち帰る選手もいるだろう。
コレクターズアイテムとして部屋に飾る選手もいるかもしれない。
「五輪限定コンドーム、未開封」としてフリマアプリに出品される日が来る可能性だってゼロではない。
IOCも慣れたもので、すぐに補充対応に動いているという。この対応の速さが物語っている。「また今回もか」という諦めにも似た慣れ。五輪運営のノウハウには、どうやらコンドーム補充のスピードも含まれているらしい。
選手たちは国の威信を背負い、血のにじむような努力を重ねてきた。その戦士たちが、試合の合間に選手村でどう過ごすか。それもまた、人間らしさの表れなのだろう。
メダルの数だけがオリンピックではない。
コンドームの消費量もまた、大会の熱気を測るバロメーターなのかもしれない。
次回のロサンゼルス五輪では、いったい何個用意されるのか。
そして何日で底をつくのか。わたしは密かに注目している。




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