
路上で見知らぬ女性を脅し、性的暴行を加える。
50歳のチーフディレクターが起こした事件に背筋が凍る思いがした。
NHK報道局スポーツセンターに所属する中元健介容疑者が、今年1月渋谷区内で20代女性に対して不同意性交等の疑いで逮捕された。
「俺、危ないものを持っているから」と脅し周囲から見えにくい階段下の踊り場で犯行におよんだという。
自転車で逃走していたというから計画的で卑劣極まりない。
報道によれば、中元容疑者の携帯電話からは関連する可能性のある動画や画像が見つかっているとのこと。
さらに同様の被害相談が複数寄せられているという事実も明らかになっている。余罪の存在を警視庁は視野に入れて捜査を進めている。
被害に遭われた女性のことを思うと、胸が締めつけられる。どれほどの恐怖だったか。その心の傷は計り知れない。
繰り返される不祥事と薄い危機感
NHK関係者による性犯罪は、実は今回が初めてではない。
2018年には山形放送局の元記者が強姦致傷などで逮捕され、懲役21年の実刑判決を受けた。
被害者が複数いたことでも大きな衝撃を与えた事件だ。それ以外にも2017年と2023年には職員による盗撮での逮捕が報じられている。
この流れを見て、わたしは率直に疑問を抱く。山形の事件のあと、NHK内部でどのような再発防止策が講じられたのだろうか。
組織として問題意識を共有し、実効性のある対策をとっていたのか。形ばかりの研修や通達で終わっていなかったか。
結果として、また同様の事件が起きてしまった。しかも今回は本部勤務のチーフディレクターという立場の人物である。
NHKは逮捕を受け、「誠に遺憾」「厳正に対処」とコメントを発表した。だが、この言葉をわたしたちは何度聞いてきただろう。
毎回同じフレーズを繰り返すだけで、本当に組織の体質は変わっているのか。
疑念は深まるばかり。
受信料の強制徴収は妥当なのか
50歳のチーフディレクターともなれば、相当な高給を得ていたはずだ。その原資は言うまでもなくわたしたち国民が支払う受信料である。
NHKの受信料制度は、放送法に基づき半ば強制的に徴収される仕組みになっている。テレビを持っているだけで契約義務が生じ、見る見ないにかかわらず支払いを求められる。この制度が時代に合っているのか、以前から疑問の声は上がっていた。
今回の事件を機に、その疑問はさらに大きくなったのではないだろうか。
わたしは別にNHKをなくせと言いたいわけではない。災害報道や教育番組など公共放送としての役割は確かにある。
ただ、その役割を果たすために本当に今の規模が必要なのか。全国に張り巡らされた拠点、多数の職員、高額な報酬体系。
そのすべてが適正かどうか立ち止まって考える時期に来ているのではないか。
観たい人がお金を払って観る。スクランブル放送の導入を求める声は根強い。最低限のニュースや緊急情報だけを無料で流し、それ以外は有料化する。そうした選択肢を真剣に検討すべきではないか。
わたしの周りでも「なぜ払わなければいけないのか」という声をよく聞く。
納得できないまま支払い続けている人は少なくない。
今回の事件は、その不満に火を注ぐ結果となった。
NHKには報道機関としての責任がある。他社の不祥事は大きく報じるのに
自社の問題は小さく扱う。そんな姿勢があるとすれば、それはメディアとして致命的だ。自分たちの不祥事こそ
どのメディアよりも大きく詳細に伝えるべきではないか。
初動対応の重要性はNHK自身がさまざまな事件報道で繰り返し指摘してきたことだ。
それを自らが実践できなければ、説得力など生まれない。
被害者の方々の傷が少しでも癒えることを願うとともに、余罪のすべてが明らかになることを望む。
そして、NHKには本気で組織を見直してほしい。表面的な謝罪ではなく実質的な改革を。
それができないなら、受信料制度そのものを根本から考え直す議論を始めるべきだ。
わたしたちの払うお金の行き先が、こんな事件を起こす人物の給料になっている。その現実に、多くの人が怒りと失望を感じているはずだ。
公共放送の信頼回復は言葉ではなく行動でしか示せない。




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