
たった10分の質疑で3回も「不適切」と指摘される国会議員をわたしはかつて見たことがない。
2026年3月25日参院予算委員会でのことだ。
れいわ新選組の奥田芙美代共同代表が防衛装備について「人殺しの武器を作ったり買ったりするために」と発言した。
さらにこう続けた。「これから10年先まで防衛特別所得税は即決、また増税決めたんじゃないですか」と。
減税を訴えること自体はいい。増税への批判も国会議員としてごくまっとうな仕事である。
しかし「人殺しの武器」という言葉は、完全に一線を越えている。
小泉進次郎防衛相はすぐさま反論した。
「先ほど防衛の関係で『人殺し』という言葉がありましたがその言葉は看過できません。日本を守っている自衛隊そして防衛力を整えることは、地域の平和と安全を守るためにやっております」。
鋭い目つきだった。ふだん穏やかな印象の小泉氏がここまで語気を強めたこと自体この発言がいかに深刻だったかを物語っている。
自衛隊は創設以来ただの1人も殺していない
ここではっきりさせたいことがある。自衛隊は1954年の創設以来、ただの1人も「殺して」いない。これは厳然たる事実だ。
海外派遣ではカンボジア、東ティモール、イラク、南スーダンなど、数多くの任務をこなしてきた。
いずれも復興支援や人道支援が中心であり、武力行使によって人命を奪った事例はゼロ。
それどころか自衛隊は70年以上にわたって国民の命を守り続けてきた組織である。
2024年の能登半島地震では発災直後から延べ113万人もの隊員が投入された。約1040名の命を救い給水支援や物資輸送に昼夜を問わず奔走した。
派遣期間は175日を超え東日本大震災を上回る過去最長を記録している。泥だらけの手で被災者に温かい食事を届けたのはまぎれもなく自衛隊員たちだった。
その人たちを「人殺し」と呼ぶ。あまりにもひどい。これは政策批判ではなくただの侮辱にほかならない。
しかも奥田氏はこれが初めてではない。わずか1か月前の2月26日参院本会議でも「国は大量に人殺しをする武器を作って金儲けをする」と述べている。
確信犯としか言いようがない。繰り返される暴言。
思い出してほしい。2016年に共産党の藤野保史政策委員長がNHKの番組で防衛費を「人を殺すための予算」と発言したことを。
あの時藤野氏は猛批判を受けて即座に政策委員長を辞任した。
それほどの重みがある言葉なのだ。奥田氏にはその自覚がまるで見えない。
大石晃子氏の「マウント」発言もまた見当違い
驚いたのは、れいわ新選組の大石晃子共同代表の反応だ。大石氏はXで奥田氏をかばい、「複数大臣が言葉をとがめ、マウントを取る異常な答弁が続いた」と投稿している。
マウントを取る異常な答弁? 違う。不適切な発言を指摘するのは、国会の正常な運営そのものだ。むしろ約10分で3回も止められるほうが異常ではないか。
大石氏はさらに「政権批判を『批判ばかり』『不適切』と幅を狭める国会内外の空気に従う政治家が圧倒的になった」と主張している。しかし、防衛装備を「人殺しの武器」と呼ぶことは政権批判ではない。24万人の自衛隊員とその家族に対する人格攻撃だ。
「魂を揺さぶる質疑」と大石氏は称えた。わたしの魂は確かに揺さぶられた。ただし、感動ではなく怒りで。
いま、日本の安全保障環境はかつてないほど厳しい。中国の軍事的台頭、北朝鮮のミサイル開発、ロシアのウクライナ侵攻。こうした現実のなかで、防衛力の整備は国民の暮らしを守る根幹にかかわる問題である。そこに正面から向き合わず、レッテル貼りで済ませようとする姿勢には、政治家としての責任感を感じることができない。
国会は議論の場であって暴言の場ではない。減税を求めるなら数字と根拠で堂々と論じればいい。
わたしたち納税者が求めているのは生活を良くしてくれる具体的な政策だ。
「人殺し」という言葉からは何ひとつ生まれない。
藤川政人委員長は「速記録を調査の上適切な処置を取る」とした。当然だろう。
日本を守るために命を懸けている自衛隊員に
国会の場から投げつけられた言葉。
許されるはずがない、どんな理屈をこねようとも。




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